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第664話

「旦那様は英明ですこと」  屋敷に囲われて長い者達に口すっぱく教えられた通りの言葉を女は紡ぐ。こうすれば主人は殊更気を良くして酒を呷るからだ。痛めつけられるばかりの凌辱を回避できるのなら、この程度いくらでも口にできるというのに、今日ばかりは随分と胸が重い。  そんな女の様子など欠片も気づかない松中はケラケラと笑いながら酒を呷り、煙草をふかした。 「大儀という言葉は実に便利なものよ。その言葉ひとつでどんなことでもやりおる。ゆきやが囲っておった幼子を殺した男がどうしたか知っておるか? この儂に縋って、自分の行いは正しかったと言ってくれと叫んでおったわ! この儂に、それは必要なことだった、お前は大義の為に手を汚した英雄だと言ってほしかったらしい!」  なんと滑稽で憐れなことかと、松中は腹もよじれんばかりに笑った。大儀という言葉を使うのは都合が良いからだ。それだけで若者たちは刀を手にとって勝手に政敵を屠り、勝手に死んでくれる。そこに彼らが言う大義も慈悲も崇高な願いも何もないというのに、その自分に縋って必死に願っているのだ。これは正義だったと認めてくれと! 昨年は沢山読んでいただき、ありがとうございました 本年もどうぞ、よろしくおねがいします! 十時(如月皐)

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