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第665話

「勝手なことよ。自らを治療し救った者達を手にかけると決めたのは自分達であるのに、その是非を儂にゆだねる。儂もたいがいに悪人じゃが、やつらの足元にも及ばんわ」  少なくとも松中は己の行いを誰かに正当化してほしいなどと願ったことは無い。だが、彼らにはそれが必要だった。誰が肯定しようと、抵抗もできない子供を、命を救った恩人を殺すと決め、その通りに赤く染めた事実は変わらないというのに。 「じゃが、慈悲はくれてやろう。お前はよくやったと、お前のおかげで国は前に進むことができると何度でも肯定してやるわ。その対価に何を払うかなど、儂は知らんがな」  まだまだ彼らには松中の駒でいてもらわなければならない。雪也達がいなくなったとはいえ、肝心の春風家は当主も弥生も失っておらず、力を失っているとはいえ衛府もまだ存在している今、権勢も地の底まで失墜したわけではない。彼らが生きている限り、松中が願い通りにのし上がることなど不可能だろう。松中は志ある者を平然と口先だけで駒とし、己の思うままに国を動かそうと企んではいるが、自分の力量も知らぬ馬鹿ではない。 「今回の火は消されたようじゃが、それもいつまで続けられるかのぉ。いかに華都の姫宮様がいたとて、帝が躊躇するとも思えぬ。姫宮様と将軍の文を携えたとて、一介の近臣に何ができる。いたずらに時を無にし、その間に幾度も幾度も武衛は炎に包まれるだろう。どれほど春風が足掻こうと、衛府が力を示そうと、辿る道はひとつよ」  力ですべてを得た代償を払う時が来た。ただそれだけの事だ。それを思えば覚えのめでたくなかった己の立場も今は都合がいい。このまま距離をとり、駒を支援することで帝に恩を売る。そしてこの世界の流れを高みの見物といこうではないか。 「旦那様は英明ですこと」  女の言葉に満足して、松中は酒を呷った。

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