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第667話

 このような場所で三人が一心不乱に馬を駆けさせれば嫌でも人目につく。せっかく帝から希望とも呼べる文を預かったというのに、ここで命を落とすわけにはいかないと馬を一頭だけ用立てて連れながらも武衛に近い次の町までは歩くことにしたが、歩けど歩けど一向に進んでいないような気さえしてもどかしくてならない。  それに、と弥生は優や紫呉に悟られぬよう小さく息をつく。  武衛には当主たる父がいるので問題ないとはいえ、どうにも胸騒ぎが治まらない。  もしも、もしも弥生が離れている間に何かが起こっていたら? 防ぎきることができず武衛が炎に包まれていたら?  違う、大丈夫だと何度も己に言い聞かせるのに、嫌な思考ほど纏わりついて離れない。優と軽口を叩いても消えることのないそれに吞まれそうになった時、ポンと紫呉に背中を叩かれた。 「落ち着けよ。冷静じゃなければ動きも鈍くなる。それがお前の持論だろ?」  それはいつだったか、確かに弥生が紫呉に言った言葉だった。  弥生も刀はそれなりに使えるが、それでもやはり紫呉ほどの力を持つことはできなかった。だからこそ、冷静であらなければならないと。 「俺には力が武器だが、お前らにはその頭が何よりの武器だろ? なら、今は余計なことは考えるな。道をどう切り開くかだけを考えろ。それはお前にしかできないことだろう」  人としての心を捨てろと言うのではない。今この時だけ、封印しろと紫呉は言った。武衛に帰り、すべての決着がつけば、その時はまた、人に戻ろうと。

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