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第675話

「主を一人、馬で逃がすなど流石は忠臣と言ったところでしょうか?」  敵の半分が馬を追いかけて行ったようであるが、もう半分は紫呉が隠しているのではと怪しんだのだろう、もはや姿を隠すことなく周りを囲っている。その私兵に庇われるようにして現れた姿に、紫呉はフッ、と笑った。ここで彼の顔を見ることになるとは。 「久しぶりです、とでも言うべきか? 杜環殿が必死になってくれたようだが、生憎とあんたの耳にその言葉は届かなかったようだな。織戸築の久保殿」  光明が熱心に過激派の若者たちを支援しているという話は弥生から聞いていた紫呉であったが、まさか弥生を殺そうと私兵を向けるまでとは思っていなかった。どこの領主の私兵であっても厄介なことには変わりないが、光明の私兵は尚更と言って良いだろう。  時に人は、野心に忠実な者よりも盲目的な意志を持つ者の方が危険なのだ。手段など択ばない。 「あなたとお会いしたのは杜環殿の屋敷以来でしょうか。再会がこのような形になるとは、悲しい限りです」 「ハッ、思ってもねぇこと言うなよ。そんなお世辞も、切っ先を向けながらじゃ意味ねぇぜ?」  光明自身は腰に佩いた刀を抜くこともせずゆったりと構えているが、紫呉を囲む者達はその切っ先を真っ直ぐに紫呉へ向けている。なんとも穏やかではない。

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