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第688話

「……弥生殿がご当主と一緒におられないのは、確かにいささか不安ですね。密偵を使って調べましょう。必要であれば護衛を向かわせます」  眼鏡をかけた領主が腰を上げて少しの間、部屋から出る。控えていた部下に弥生を探すよう命じて、すぐに戻ってきた。  彼らは春風家と違い私兵を多く持つ領主たちだ。弥生の思惑を知ることはできないが、迷惑になるようであれば姿を見せず陰ながら護衛すればよい。とにかくその命を守るのが最優先だ。 「護衛はそっちに任せる。足りないようであれば声をかけてくれ。もし、もし万が一にもだ、お前の言うように春風家が終わった後にも害されるようなことがあれば、俺は迷わず兵を差し向ける。春風家には恩があるが、それ以上にあの方たちを犠牲にするつもりはない」  萌黄の男が静かに、しかし重く告げる。その言葉通りに、彼は春風家のためならば戦ですらしてみせるだろう。その姿に東の領主は小さく息をつく。 「春風殿が将軍であったなら、少しはマシな世であったのだろうか」  少なくともこれほど混乱は極めなかったのではないか、と思わず呟いたそれに眼鏡をかけた領主は苦笑してゆっくりと首を横に振って否定した。

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