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第690話 ※

「……間に合わなかったか」  森の中とはいえ辺り一面が真っ赤に染まったその光景に杜環は胸を喘がせながら馬上でため息をついた。凄惨な光景に息を呑んでいたお付きの者達が杜環に近づき、そっと視線を向ける。 「杜環様、やはりご体調がすぐれぬのでは? ここまで強行軍で来たのです、始末は我々が致しますので、どうぞ宿にお戻りを。すぐに医者を呼びます」  心臓を患った杜環に過度な運動は厳禁だ。それでも、光明を止めることができるのは杜環だけであることもあり、随分と無理をして馬を駆けさせていた。残念ながら、その甲斐はなかったようだが。 「大丈夫だ。少しすれば治まる。それより、ここにいるのは織戸築の私兵だけか? 光明や弥生殿たちは?」  いないと、そう言って欲しい。そうなればまだこの身体を酷使して光明を止めるために馬を駆けさせなければならないだろうが、それでもここで光明と弥生たちが見つかるよりは良いと杜環は素直に思う。だが、どうにも現実は残酷だ。 「杜環様、あちらに織戸築の光明殿と思われる者が。近くには弥生殿の側にいた護衛と思われし者がおります」  報告に来た兵は生死を告げなかった。ゆっくりと瞬きをして杜環は小さく息をつく。 「案内を」  お付きの者の手を借りて馬を降り、兵の後を追う。一歩進むにつれて錆びた鉄の臭いが強くなり、呼吸さえも苦しくなった。混じって臭うのは、火薬だろうか?

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