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第700話
ジッと紫呉の様子を見ていた優の声に弥生も視線を戻す。声は聞こえないが、紫呉がほんの僅か槍を握る手に力を込めたのがわかった。相手はたった一人で、己は多くの私兵に守られているという安心からか、紫呉と相対しているはずの光明は弥生の目からもひどく力を抜いているように見える。その隙を紫呉が狙うと、長く同じ時を生きてきた弥生と優には手に取るようにわかった。
紫呉は決して、優しいだけの男ではない。
トクリ、トクリと異常なほどの静けさで心臓が脈打つ。紫呉の槍が光明を貫き、周りにいた織戸築の私兵も、そして辺りを警戒しているであろう隠密たちも、すべての目と耳が閉ざされた瞬間を狙って弥生と優は身を隠しながらも走り出した。
紫呉が作ってくれた無音の暗闇は一瞬。その一瞬を最大限に利用するために走って、走って、走り続ける。できるだけ足音を殺し、吐き出す息さえも抑えて、身体をその自然に溶かすように消した。
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