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第702話

 どれほど走っただろうか。胸を大きく喘がせ必死に酸素を取り込もうとするが、なかなか上手くいかない。視界が揺れ、足が震えてもつれそうになる。流石に限界かと思わず視線を下に向けた時、駆け寄ってくる馬蹄の音が聞こえた。 「若様ッ」  焦ったような、けれども小さな声に弥生は顔を上げる。木々の合間を縫うようにして馬が駆け寄り、弥生たちの前で止まった。すぐさま馬上から布を目深に被った青年が降りてくる。ふわりと風に乗って硝煙の臭いがした。影に潜む者として、彼は上手く追っ手を撒いてきたらしい。 「月路、よく無事に戻ってきてくれた」  ホッと息をつく弥生に月路は小さく頭を垂れる。 「遅くなり申し訳もございません。この馬に乗ってお行きください。すぐに追いつき、影ながら護衛いたします」  紫呉が鍛え上げた彼ならばそれも可能だろう。月路の言葉に頷き、弥生は後ろに控える優に視線を向ける。彼は呼吸を荒げながらも弥生を安心させるよういつものように微笑んだ。 「月路、私たちはこのまま武衛に駆ける。よほどのことが無い限り武衛まで休憩は挟まないが、お前も無理はするな」

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