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第715話

 市民は誰も見ていない。変えようと思えばいくらでも後で物語など変えられる。だが、それでもこの場にいる者の記憶は変えられない。自らの記憶を無かったことにはできない。  本心はどうであれ、敵も味方も国の為、無辜の民の為と刀を握り戦った。その手が血で汚れていなかったとしても、人の命を屠った者もいる。だというのに、ここで芳次の言葉に否と言えば、すべてはただ自らの心を満たす為の虐殺に過ぎなかったと、高潔なモノなどそこにはなかったのだと認めてしまうことになる。  今、この場で人の命を一人でも多く救おうとしているのは誰か。多くを見捨てようとしているのは誰か。必要な犠牲と切り捨てようとしているのは誰か。  言葉に出さずとも、自らは知っている。 「誰とは言わぬ。どうせ一人ではないからな。だが、そなたらに余は聞きたい」  領主にも、近臣にも、そしてこの城の影という影に潜んでいる者達にも問いかけよう。 「そなたらは衛府を滅ぼしたいか?」  それはとても静かな声音だった。まるで憎しみも怒りも欲望も、衛府を滅ぼさんとするすべてを受け入れようというかのように。

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