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第719話
「生き方すらまだ自らで選ぶことのできぬ幼子は、何の罪があって死なねばならぬのだろうか。それを良しとするのであれば、衛府を滅ぼさんとしているそなたらは、誠に衛府よりも善人であるのか」
芳次はなにを厚顔に物を言っているのか。そうして言葉巧みに我々を悪人にし、衛府を良きように見せたいのだろう。そんな戯言に騙されるものかと皆が刀を握りしめる。
長く圧制を強いてきた衛府はまごうこと無き悪だ。滅ぼされるべき悪だ。そしてそれを行う我々は正義の刃だ。これは虐殺ではない、革命なのだ。この心は、崇高な志は、必ず無辜の民も理解してくれる。
〝雪也〟
ハッと浩二郎は息を詰める。耳の奥に蘇る、子供の声。親代わりだったのか、共に住んでいた薬売りの青年を必死に見つめ、その後ろをちょこちょことついて歩いていた。最期のその時でさえ、青年を求め続けた子供。その口を塞ぎ、胸に刃を突き立てて浩二郎が殺した、あの子供。
(あの子は、娘と同じくらいの年頃だった……)
郷里に置いてきた娘。父上、父上とその声で呼んでくれた。そう、あの子供が雪也、雪也と呼んだように。
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