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第725話
「――ッ」
カシャンと音を立てて刀が落ちる。頽れるように膝をつき、頭を垂れた。
紙が擦れる乾いた音が室内に響く。
「帝よりの勅書である。〝今の世が血に濡れているを喜ぶ者に余は憂い、痛みと苦しみを覚える者を余は愛おしむ。たとい国の為であったとしても、余はこれ以上の血が流れることを望むことは無い。華都の摂家も、武衛の将軍も、近臣も、領主も、刃を握る者も、日々を営む人々も、等しく余の愛しくかけがえのない民である〟」
もう誰も殺してくれるな。そんな単純で、けれど人である帝の心が弥生の口を借りて語られる。
「〝ゆえに、帝の名でもって命じよう。将軍芳次は直ちに位と領地を余に返還し、衛府を解体させよ。将軍家、近臣の処遇は余が決め、後ほど命を下す。それまで屋敷で蟄居せよ。領主も、民も、誰一人として手出しはまかりならず。もし余の命を軽んじ将軍家や近臣を弑す者があらば、それは義勇ではなく逆賊の徒である〟以上が帝からのお言葉である。何を思ってこの場に集まり、何を思ってここで刀を抜いたのか、私は知りませんが、帝のお言葉に否を申す者は今ここで名乗り出よ」
未だ呼吸を荒げているはずの弥生の声は凛と耳に響いた。ある者は安堵の息をつき、ある者は口惜しそうに唇を噛み、ある者は涙を流し、ある者はただ静かに瞼を閉ざす。だが、誰もが口を開くことは無かった。無言のまま、深く深く頭を垂れる。
それが答え。それがすべての終焉の時だった。
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