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第726話
血の臭いこそしないが、活気が失われ静まり返った武衛の道を杜環はひたすらに歩いていた。彼が武衛に着いたのは弥生によって勅命が伝えられた三日後のことであったが、将軍や近臣でなければ多少の自由は効く。峰藤領主の下にいる杜環もまたその身分を存分に使い、武衛にある春風の屋敷に向かっていた。
武衛についた昨夜のうちに春風には文で訪問の予定は伝えてある。幾度か尋ねたことのある杜環の顔を門番も覚えていたのだろう、特に何を言われることもなく杜環と後ろに付き従う者達は屋敷の中へと通された。
杜環が座してすぐに襖が開く音が響く。
「お久しぶりです。もう、お身体はよろしいのですか?」
かけられた声音は以前のように優しいが、正面に座した弥生を見つめた瞬間、杜環はしばし言葉を失った。
随分と、痩せてしまわれた。
「弥生殿にも心配をおかけしてしまいましたね。それに、大事な時に役に立つこともできず、結局あなた一人に託してしまった。光明を止めることさえ成し遂げることのできなかった私は、あなたの前に姿を現す資格もない。けれど、今少し私の我儘を許していただきたい」
最初に言葉で伝えた方が良かったのではとか、先にすべての顛末を話して謝罪すべきなのでは、とか。そんなことを考えたとて口から出た言葉を戻すことなどできない。もはや取り繕えぬと杜環は諦め、後ろに控える者に目配せした。彼は無言のままコクリと頷き、同輩たちと共にゆっくりと大きな木箱を運び込み、弥生の側にそっと降ろした。その大きさと形状に弥生は瞳を揺らめかせる。
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