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第730話

「杜環殿、あなたがすべてを背負う必要はありません。光明殿の行いに関して峰藤の補佐官たるあなたが責任を負う義務はなく、まして、こうして紫呉を私の元へ連れてきてくださった。本当に、あなたには感謝しかない。嘘偽りなく」  そっと、弥生は紫呉の頬に手を伸ばし撫でる。いつだって温かかった彼は、酷く冷たかった。 「恨みが無いと言えば嘘になるでしょう。悲しくないと言えば、それこそ真っ赤な嘘になる。後悔も数えきれない。できることならば生きて帰って来てほしかった。もっと言うならば、こんな命を懸けなければ何をも成せない世の中であってほしくなかった。ですがそれも、今更言ったとて遅い」  もしもあの時、振り返って戻っていれば。もしもあの時、紫呉と離れなければ。もしも紫呉を華都に連れて行かなければ。もしも、もっと平和な世の中にできていたなら。 「あの時、紫呉に戦わせたは私です。力足りず、戦わざるを得ぬ世の中にしてしまったは私です。もちろん、すべてが私のせいだと自分を過大評価して傲慢になっているわけではありませんが、それでも〝できなかった〟は私です」  弥生は近臣だった。市井の民よりはよほど世の中をよくできるよう動けた立場だっただろう。もちろん、弥生ひとりでどうにかできるほど国や人々は小さくも単純でもない。わかっていて、それでも後悔が押し寄せた。その気持ちがわかるからこそ、杜環も唇を噛んで俯いてしまう。いったい彼に何が言えるだろう。

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