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第732話
紫呉を帰したとて、その身はもはや生きていない。どれだけの功績があろうと近臣である以上、弥生は父たる春風当主と共にすべての地位と財産を国に没収され、先立つもののないただの市民となるだろう。
これがすべてを捧げた人に対する仕打ちかと憤りさえ覚える。しかし、国と民を生かすにはそれが必要で、結局杜環は何も出来ない。そう、言葉通りどれほど憤ろうと、無念に打ちひしがれようと、報いる何も持たないのだ。
「弥生殿、私はあなたにこそ報われて欲しい。あなたこそが報われるべきだろうに――ッ」
考えうる限り最善で、犠牲の少ない結末だった。きっと誰もがそう思うだろう。杜環とて、これ以上の最善策があるのかと問われれば、今をもってしても考えつかない。だが、その少ない犠牲を払うのが、失うのが、どうして春風なのだろうと思わずにはいられなかった。
感情を制御しきることができず、言葉尻が荒くなる。そんな杜環に弥生は瞼を伏せ、落ち着けるように深く呼吸した。
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