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第735話
父と弥生の蟄居により数少ない私兵や隠密も行動を監視され、弥生は衛府より帰宅してから一度足りとて父と話をするどころか顔を合わせてもいない。月路は昏睡状態で、優も疲れが出たのだろうか、ずっと咳き込んで臥せっている。そのため弥生は城下町が今どうなっているかも、庵の様子も、近臣の動きも、何もかも把握できていなかった。蟄居が解かれれば少しは自由が得られるだろうが、それには今少し時間がかかるだろう。
「弥生殿……」
何を言って良いかわからず、杜環は口をつぐむ。弥生が今思い浮かべているのは、かつて彼が語った大切な者たちであろうか。
紫呉は去ってしまった。どれほど願っても彼は戻ってこない。だが、願わくば残された弥生の〝大切な者達〟が無事で、彼に笑顔を向けてくれればいい。
そんなことを願わずにいられない杜環に、弥生は力なく微笑んだ。
「蟄居が解かれなければ何もできませんが、平穏な日々が戻ってくることを今はただ願いましょう」
願い、祈ることしか今はできない。走り回ってきた弥生であったが、今度は彼が座して待つ番だ。一日、一刻が過ぎることの、なんと遅い事か。
小さく息をついて弥生は紫呉に視線を向ける。できれば、炎に焼かれてしまう前に由弦と会わせてあげられれば良いのだが。
そんなことを、ポツリと思った。
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