747 / 981

第743話 ※

「やっぱり、嬉しいもんじゃないな。けど、お前は嬉しかったんだろうな。蒼達を殺して、思い通りになって、嬉しかったんだろうな」  こんな風に酒を飲み、女を侍らせて騒ぐほどには。  ポツリと零された言葉に女たちが瞼を伏せる。重い重い刹那の沈黙の後、女はゆっくりと顔を上げて青年に近づいた。 「ねぇ、私たちはゆきやのお墓を知らないの。もう長くこの屋敷から出ていないから、たぶん聞いてもわからない。だから、お願い。あの子のお墓に、せめてこれを手向けてくれないかしら」  そう言って女が差し出したのは数本の花だった。小さなそれはきっと庭の隅にでも咲いているようなもので、花屋が売るような立派なものではない。きっと主人に知られぬようコッソリと摘んだのだろう。  自由のない彼女達の、精一杯の手向け。 「わかった。必ず届ける。あなた達もどうか無事で」  利害が一致しただけの、この場かぎりの協力者。だが彼女たちは青年を裏切ることなくこの屋敷に引き入れ、主人に薬を盛った。そして青年が屋敷を出たら、女たちもコッソリと同じ抜け道を使って逃げるのだ。逃げて逃げて、誰も自分を知らない土地へ。  無言のまま頷き合い、青年と女たちは互いに動き出す。  脳裏に浮かんだのは、美しい顔だった。

ともだちにシェアしよう!