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第746話
「ただ、懸念が無いわけではございません。それは峰藤領も同じでは? だからこそ我々はこうして集まったのだと理解しているのですが」
続けた箕伏の補佐官に杜環は苦笑する。隠すつもりは元から無かったとはいえ、少々わかりやすすぎたらしい。
「ええ、仰る通りです。峰藤から正式に春風殿の住まいや生活の援助を申し出ましたが、ご当主にも弥生殿にも丁重に断られてしまいました。聞けば、春風殿は屋敷を売り払う予定であるにも関わらず、どの領にも土地の申請をしていないとか。商いをするという話も聞きませんし、どなたかの領に身を寄せるなどの話があれば良いと思ったのですが」
春風当主や弥生に限って、矜持が邪魔をして農業や商いに従事することができないわけではないだろう。春風の屋敷内にある薬草畑の世話には当主や弥生も率先して参加していたというし、力の限り守らねばならないとは常に思っていたであろうが、傲慢な意図で自分と市井の者達は違うと考えることもない。だが現に春風家は当主も弥生も土地や家屋の申請はしておらず、商いを始める様子もない。彼らは残った私産で暇を出す使用人たちに金を渡した以外は、特に動きを見せていないのだ。屋敷を売るからには別の場所に住まいを移すのだろうが、職が無ければ生活は難しくなるだろう。もちろん、春風に恩義のある領主たちはこぞって援助を申し出た。杜環もまた峰藤領主の書状を手に自ら会いに行ったほどだ。けれど春風家はそのどれもに深い感謝を述べるばかりで首を縦に振ろうとはしなかった。
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