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第748話
「……そういえば」
何かを思い出そうとするかのように箕伏の補佐官が呟く。刹那、皆の視線が向けられた。
「衛府までの護衛として向かった兵の報告に、弥生殿と離れている間に秋森殿がひどく咳き込んでおられたとあったような気がする。あの時は秋森殿も弥生殿を守るために気を張り詰めていたのだから疲れが出たのだろうと軽く考えていたのですが……」
なにせ優は紫呉とは違い武に重きを置く者ではない。弥生の側に立つため、戦う力はそれなりに身につけているだろうが、それでもその強さはしぐれはもちろん、弥生にすら劣るだろう。そんな彼が紫呉と離れ、一人で弥生を守らなくてはならなかったのだ。身体はもちろん、心労も想像を絶するものだっただろう。多少体調を崩したとて当たり前とも思えた。だが、それが多くの者が想像する風邪や疲れとは違う類の病であったとしたら?
「咳、ですか……。確かに体調を崩せば咳も出るでしょう。なにせ常に緊張を強いられる旅路だったのですから、環境も悪く疲れをとることもできなかったとは思います。とはいえ、ただの病にしては長すぎますね」
今まで国を取り仕切っていた者達から権力を取り上げ、新しい国の体制を作る。それは簡単に聞こえるかもしれないが、その実ひどく難しい。それなりの方針を決めるだけでも随分と時間がかかった。その間、近臣たちはずっと蟄居を命じられていたのだ。あの日から今日までずっと床に臥せっているのだとすれば、あまりに長すぎる。
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