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第750話
「国の未来を思うは私も同じだ。衛府を滅ぼしたいと願った者達の気持ちもよくわかる。事実、近臣のほとんどは享楽に身を任せるばかりで、将軍が良かろうと悪かろうと、この国は堕ちる一方だっただろう。それが遅いか早いかの違いでしかなかったと、理解もしている。だが、どうしても私はあの日ボロボロになりながら駆け付けた弥生殿の姿が忘れられんのだ」
土と誇りにまみれて着物どころか頬や額さえも黒く汚し、その手は所々に赤いものが乾いてこびりついていた。その足を守る草鞋が無残なほどに擦り切れ足袋を汚していたことに気づいた者はどれほどいるだろう。その姿だけで、弥生の道中がどれほどのものだったかがわかった。
多くの兵に守られ、使用人に傅かれ、長旅をするとしても自らは輿に揺られているだけでよい近臣には、なんら今回のことで同情などしない。私財を国に奪われようと、地位が無くなろうと、矜持が邪魔をして貧困に喘ごうと知ったことではないと歯牙にもかけなかっただろう。その代わりに今まで権力を笠に食べきれぬほどの美食を食らい溺れるほどの酒を飲んで、下々の者の声など聞くに値しないと自らの地位権力だけが大事大事と横柄に振る舞っていたではないか。その代償を払う時が来ただけの事。そう思う度、あの汚れた姿の弥生が脳裏によぎる。
彼もまた、代償を払う近臣なのだと。
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