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第751話

「此度の件で大儀がどこにあったかなど、愚鈍な私にはわからない。だがそんな私でもひとつだけ、確かにわかることがある。それは称賛され宝を与えられこそすれ、春風殿が多くを奪われる理由を何一つとして持たぬということだ」  弥生が動かなければ、あの日あの瞬間に間に合わなければ、きっと衛府は戦場になり血の海に沈んでいただろう。合図で近臣の屋敷に火を放つ予定だったと後から知った時には背筋に冷や汗がつたったものだ。あのままであった時、どちらが勝っていたかなどは誰にもわからないが、数え切れぬほど多くの犠牲を生んだであろうことは誰もがわかることだ。それを食い止めんと必死になったのは、誰であったのか。 「だが春風殿は身分も私財も屋敷も無くなる。近臣だからだ。春風殿の、これまでの献身を知っているからと特例を出してしまえば、他の近臣たちも我が身可愛さにあれこれと取ってつけたような功績を持ち出しては平等を求めるだろう。そうなってしまえば国は変えられない。何も変わらない。多くの犠牲を出しただけとなってしまう。それをしてはならないから、我々は切り捨てなければならない。誰よりも多くの命を生かさんと駆けた春風殿を、弥生殿を、国の未来のために切り捨てなければならないのだッ!」  なんと口惜しいことだろう。血を吐くような低い叫びに皆が目を伏せる。  誰が、何をしたのか。  ここにいる誰もがそれを知っている。
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