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第757話
ゴホ、ゴホッ、と嫌な咳が室内に響く。せめてと布で口を抑えれば、ゴポリと咳に交じって何かが溢れた。ツンと鼻につく臭いに眉を顰める。
「ハァ……」
力なく優の唇からため息が零れ落ちる。後で洗わなければならないが、もうすぐ弥生が来る頃だ。紫呉がいない今、自分までもがこれ以上弱さを見せてはいけないと、優は空いている薬箱に汚れた布を入れて蓋を閉める。障子は開け放たれているから、この程度の臭いであればすぐに消えるだろう。そんなことを考えてもう一度、深い深いため息をつく。たったこの程度の動きで息が上がるなど、随分と弱い身体になったものだ。
(あの子達はどうしているかな)
布団に横たわり瞼を閉じれば、そこに浮かぶのは久しく会っていない庵の者達だった。弥生が間に合ったおかげで市井は炎に包まれることなく平穏が続いている。衛府で何があったかなどは流石に知っているだろうが、それでも表向きはいつもと変わらぬ日常があるはずだ。
別れる前の紫呉が何かを隠している様子には弥生同様、優も気づいていた。どうにも嫌な予感が拭えないが、優が動けぬ以上は希望に縋るしかない。これからの事を思えば尚更に、優は弥生と雪也達を一刻も早く会わせたかった。
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