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第760話
「そういうわけで少し出てくる。桔梗に伝えておくから、何かあったらすぐに桔梗に言ってくれ。具合が悪いと思ったら遠慮なんてせずに医者を呼ぶんだぞ」
桔梗は残った数少ない使用人の一人だ。よく働く子を優につけるだなんて贅沢だと思ったが、それを言って遠慮してしまえば弥生は安心して庵に行くこともできないだろうからと頷くにとどめる。
「一人で行かせることになって、ごめんね」
久しく会えていない彼らに会えるのは嬉しいことだろうが、それ以上に告げなければならない言葉は重い。その重いものを弥生一人に背負わせて見送らねばならないなんて。
優は布団で隠された拳を強く握りしめる。
側にいて支えるのが、自分の役目であるのに。
「優が気にすることではない。それよりも、ゆっくり休んで早く良くなってくれ」
見透かすように弥生がポンポンと布団の上から優の手を優しく撫でる。立ち上がっていつものように真っ直ぐ背筋を伸ばしながら出ていく弥生の姿を、優は焼きつけるように見つめていた。
ゴホッ、と嫌な咳が零れ落ちる。ゴホッ、ゴホッ、と止まりそうにない咳を隠すように袖で口を塞いだ。またゴポリと嫌なものが溢れてくる。胸を喘がせながら視線を向ければ、やはり袖は真っ赤に濡れていた。
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