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第769話

「いや、違う。弥生、それは考えすぎというものだ。お前はよくやった。できる以上の手をうち、命を懸けて走ってくれた。その事実も、それが誰のためであったのかも、誰にも否定できはせん。ただ、結果的に多くは守られたが守りたかった者は失ったということだけだ。そしてそれはお前のせいではない。お前が秤にかけ、選び取らなかったがゆえの結末ではない」  ただひたすらに現実が残酷で、無情だった。言葉にすれば、それだけのことに過ぎない。 「嘆くなというのは、難しいかもしれん。だが、あまり自分を責めるな。そんなことはきっと、あの子達も望むまい」  弥生兄さま、弥生様、と呼ぶ声が耳の奥に蘇る。その声に弥生は何を思ったのだろう。ジッと瞼を閉ざし、多くを問いかけているようであった。そして無言のままに瞼を開き、立ち上がる。 「……父上、このことはまだ優には言わないでください」  サクラを抱いたまま、それだけを言って部屋を出ていく息子の背中を静かに見送って、当主は温くなった茶をひと口飲む。随分と静かになってしまった屋敷に、小さく風が吹き抜けた。

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