781 / 981

第776話

「弥生殿、我々は――」 「何が違う? お前たちも守りたいものがあって戦ったのだろう。それを否定するつもりは無い。だが、何が違うというのだ。お前たちが守りたかったモノと、私が守りたかったモノ、何が違う」  なぜお前たちの守りたいモノは奪われず、弥生の守りたいモノはことごとく奪われてしまうのか。 「お前たちの守りたいモノに明日を生きる権利があるというのなら、紫呉やあの子達にだってあったはずだ」  ただ穏やかに生き、笑いあう明日を。 「私はお前たちの大切なモノを奪おうなどとは思わなかった。お前たちの大切なモノもまた、当たり前に明日を受け取る権利のある無辜の民だと知っていたからだ。同じように、雪也も奪わなかっただろう? その主義思想に関わらず、手の届くすべての者を助けんと動いていたはずだ。そうでなければ今、この場に居ない者もいるだろう」  大丈夫かと問いかけるあたたかな声、傷に包帯を巻き、薬を飲ませてくれた優しい手、熱と痛みに苦しむ己を生かそうと口に運ばれた、どこか懐かしい粥。滝のような汗をかけば濡れた布で拭ってくれ、時折様子をみるかのように小さな白と黒のまだら模様をした犬が鼻をひくつかせながら近づいてきた。  耳には平和で穏やかな笑い声が聞こえ、当たり前のようにぬくもりを与えてくれた。浩二郎らはそっと視線から逃れるように俯く。自分達が何者であるか、それを知っていてなお向けられた優しさを、慈悲を、忘れることなどできない。

ともだちにシェアしよう!