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第787話
「国の未来のため、民の明日を守るため。お前たちは本当にそう信じて戦ったのだろう。確かに、それは大義だ。だが、その考えに同調してくれたとて必ずしも同じ志を持つとは限らない。金のため、自らの権力と安泰のため。そんな者は数えきれないほど存在する。そしてそういう者はたいてい後ろで指示を出すばかりで自ら動くことも手を汚すこともない。いざという時に切り捨てられないからな」
そもそも、すべての人が他者を思いやり、その幸福を願い、その悲劇に同苦できるのであれば殺し合いなど起こらない。思い知らされる現実に誰かがよろめいた。ザリッ、と土を踏みしめる音がする。ほんの小さなその音に、庵の中から小さな塊がとび出てきた。
白と黒の柔らかな毛に覆われた小さな頭を忙しなく動かしている。瞳を輝かせ、口元に笑みを浮かべたその小さな命の、まるで何かを探しているかのような動きに誰もが目を背けた。
クゥクゥと小さな鳴き声が聞こえる。小さな小さな背中が可哀想で、弥生は「サクラ」と呼んだ。サクラは振り返るが、その声ではないのだと言わんばかりに動こうとしない。
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