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第794話
静姫宮と鶴頼を帝の元へ送りとどけ父と共に芳次の出家を見守り、衛府から近臣はもちろん、武官や下働きの者も一人残らず去ったのを見届けて、弥生は残りの使用人たちに金を持たせて見送ると、優とサクラを連れて庵にほど近い小さな家に移り住んだ。ここには父と弥生、そして優とサクラしかいない。厨を除けば小さな部屋が二間と、更に小さい物置のような部屋があるだけといった簡素な家であるが、大人が三人と小さな犬一匹の生活には充分だろう。
この家に移り住むまで、数えきれないほど領主らは訪ねて来ては説得を試みてきた。そう大きくは無いが屋敷を用意する、使用人もつける、金の心配をすることもないように援助する、優にも医者を。そう彼らは口々に訴えたが、それをありがたいと言うことはあれど、父親も弥生も受け取ることはしなかったし、医者に関しては優自身が否と告げた。
「少し早いが、隠居生活も良いだろう」
そう笑ったのは父だった。国に私財を没収されたためそう多くを持たないが、それでもわずかばかりの金銭はあるし、屋敷から持ってきた調度品もあるため新しく買いそろえる必要もない。屋敷も良い値段で売れた。優の薬代や診察料は必要になってくるだろうが、矜持に縛られることの無い弥生はすぐに近場にある機屋に頼んで糸を紡ぎ機を織る仕事を得てきた為、贅沢さえしなければ金には困らないようになった。
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