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第800話

 咳が聞こえると胸が苦しくなる。息苦しいだろうそれを可哀想だと思い、どうにかして治めてあげたいと必死になる。だがいつからか、咳が聞こえないことにもまた、泣きそうなほどに胸はざわついた。  幾度医者に診せても、薬を変えてみても、優の咳は酷くなることはあっても良くなることは無い。もう身体を起こすこともできない優は取り繕って隠すということもできず、弥生の前でゴポリと血の塊を吐いたことも数えきれないほどだ。身体も随分とやせ細り、眠っていることが多くなった。  じわり、じわりと命の灯が削られていくのがわかる。わかってしまう。どれだけ手を尽くそうと、願おうと、命の炎を永らえさせる油は人の手で買うことはできない。  大切な人がまた、この手のひらから零れ落ちていってしまう。  考えるだに恐ろしくて、弥生は仕事をしない時はずっと優に寄り添った。横たわる彼の胸をジッと見つめ、微かに上下していることに安堵する。ぴったりと弥生の足にくっつきながら眠るサクラの頭を撫でた時、小さく笑う吐息が聞こえた。

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