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第804話

「それはどっちに対して言っているんだろうね。寂しいなら寂しいって言ってごらん? サクラはいつだって弥生の側で寛いでくれるよ」  かつてと同じ、他愛の無い軽口だ。そんなことを言えるくらい元気なのだと思えば嬉しいはずなのに、弥生はどこか引っ掛かりを覚えて素直に喜ぶことができない。  グニャリと、胸が奇妙に蠢く。気持ち悪くて、泣き叫んでしまいたい。 「もう良いから、林檎を食べろ」  何かを言えば、聞きたくないものを優の口から聞いてしまうような気がして、弥生はわざとらしいとわかっていながら話を終わらせる。優の身体を抱きかかえるようにして起こし、ズイッとすりおろした林檎の入った器を渡した。 「なんなら食べさせてやろうか?」  嫌な事は聞きたくないが、優とは話していたい。そんな子供の我儘というには似つかわしくない悲痛な思いをひた隠しにして、弥生はかつてのようにからかいを多分に含ませながら匙を持つ。だが、幼き頃よりずっと一緒にいた優には、その瞳に浮かぶものを隠しきることはできなかった。

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