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第805話

「あーんしてくれるの? 今日は大盤振る舞いだね」  その瞳にあるものを見つめながら、けれど優は何を言うでもなくそんな風に揶揄った。意地になったのか、本当に近づけられた匙をクスリと笑みを零しながら口に含む。甘酸っぱいそれが口内に広がった。 「ん、おいしい」  久しぶりに味を感じたような気がしてホッと息をつけば、目敏くそれに気づいた弥生がほんの少し笑みを浮かべる。 「良かった。少しでも食べろ」  随分と細くなった、と弥生は口にすることは無いが、その視線はいつだって口より雄弁だ。きっと後悔をしているのだろう彼に、優は再び含んだ林檎をコクリと飲み込む。 「……ねぇ、弥生。僕の事に関しても、他の事に関しても、君が責任を感じる必要はないし、全部を背負い込まなくて良いんだよ?」 「何を言っているんだ。急にビックリするじゃないか」  軽口で返す弥生は、しかし視線を優から僅かにずらしている。きっとそれは予言めいていて聞きたくないのだろう。いつもであれば、察した瞬間に話を変えていた。聞きたくないものは聞かなくて良い。そう思っていたからだ。心が落ち着けば、弥生は必ず聞く姿勢を見せてくれる。それまで待っていれば良かった。けれど、今の優には待ってあげられるだけの時間がない。だから、弥生の声に出さない願いを、気づかないフリした。

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