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第817話
どうでも良い話をして、ケラケラと笑いながら桜吹雪の中を歩く。見えてきた門に、やっぱり人、人、人の波だなと憂鬱なため息をついた時、ふと、弥生の視界に揺れる黒髪が映ったような気がした。まだ人混みに近づいておらず、門前にいる彼らは豆粒のように小さいというのに、なぜそんなものが見えたような気がしたのだろう。不思議に思いながらも門へ足を進めた時、その姿はあった。
「あの、手を離してほしいのですが」
あまり目立ちたくないのだろう、周りを気にしながら小さな声でそう告げる青年がいた。彼は目の前に立つ長身の男に手を掴まれて困惑したように眉根を寄せている。長身の男は片手にチラシの束を持っているから、きっと在校生なのだろう。多くの目には先輩が新入生に無理な勧誘をしているように映る。しかしチラシを持ったままの手が新入生の腰にまわされたのを見た瞬間、弥生は駆けだした。
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