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過去編 完結

「で? 手を掴んで腰まで抱いて、何の用なんだ?」  不愉快だと言わんばかりに新入生を掴んでいる男の手を見下ろす。途端に男はパッと手を離して、ははははは、と乾いたわざとらしい笑いを零した。 「じょ、冗談だって。ちょっと勧誘に熱が入っただけで、別に意味はねぇよ」  じゃぁな、と顔を引きつらせたまま、男はそそくさとその場を去っていった。それを見送って、新入生が弥生たちに向き直る。周りはガヤガヤとうるさくさえ感じるほどなのに、その場だけが静寂に満ちたような感じがした。 「あの、ありがとうございます」  弥生の顔を、そして隣にいる彼らの顔を見ながら、新入生は小さく頭を下げた。その様子に少しの違和感を覚えて、弥生はそうと悟られぬようジッと見つめる。 「先輩、ですよね? 助けていただいたのは嬉しいのですが、その、良かったのでしょうか? 友人だなんて嘘をついていただいて」  顔を見ても、僅かも変わらない表情。その瞳。そして、この言葉。  あぁ、そうなのか。  そう理解するには、充分すぎる。 「構わない。私は後輩を可愛がる性格だ。そんなことより、私は春風 弥生。お前の名前を聞いても?」  もう一度、あなたの名を呼ぶために。  もういちど。 「月影 雪也です」

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