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第4話

 しばらく走り込んで家に帰り、庭で拳を突き出したり、足で空を蹴り飛ばしたりと、彼独自のやり方で身体を動かす。それはまるで何かの型というよりは見えない敵と戦っているかのようだった。もうそんな必要は無いと何度も思うが、それでも身体に染みついた癖というものは変わらない。そんな自分にほんの少し苦笑して、目に入りそうになった汗を拭いながら家の中に入った。途端、味噌汁の良い匂いが鼻腔をくすぐる。どうやら走り込んでいるうちに同居人の一人は起きてきたらしい。 「よ、おはよ」  リビングの扉を開ければ、黒いエプロンをした青年が振り返った。おたまを持ったままニコリと笑みを浮かべる。 「おはよう、紫呉。毎朝お疲れだね」  優しい笑みに、優しい声音は隣に住む後輩の一人を思い出させるが、目の前にいる彼の方が胡散臭いと思ってしまうのは長い付き合いゆえか、それとも彼が全くと言って良いほど可愛い性格などしていないと知っているゆえか。そんなことをつらつらと考えていれば、彼は「ん?」と笑みを深めて首を傾げて見せた。なんだか心の声を読まれたような気がして、無理矢理笑みを浮かべる。

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