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第19話

 昔の記憶を持つことは、良くない事であるのかもしれない。実際に紫呉も悩むことはあったし、良い記憶ばかりでもない。今を普通に生きていたならば映像としてでしか見ることの無いだろう血生臭い場面も多々ある。由弦の死を知った瞬間の痛みさえ、今でも鮮明に思い出せるほどだ。何より、自分達には過去があるが、彼らには無い。その事実に苦しむことも悲しむこともなかっただろう。けれど紫呉には、それがあってなお褒美であるように思えた。 (だってなぁ、あんなにも見たかったんだからな)  平和な時代で笑う彼を。何不自由なく、脅かされることなく、太陽の下で愛犬と戯れる姿を。  命を懸けて惜しくないと思ったほどに、見たかった。 「えー、この時代の資料は何故か少なく、写真技術などもまだ無かったため、多くの謎が残されています。えー、あぁ、もう時間ですね。では、次はこの後に起こった産業についての授業を行うので、教科書を忘れないように」  教壇に立っていた教授が言い終わった瞬間に、終わりを告げるチャイムが鳴った。皆がそれぞれグッと身体を伸ばしたり、欠伸をしたりと、一気に緩い空気が流れだす。紫呉もボキボキと凝り固まった身体を鳴らしながら、広げていた教科書を鞄に仕舞った。

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