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第36話

「それでも紫呉に原因を悟らせていないあたり、前よりは少し隠し事が上手くなったようだね」 「んな上達いらねぇよ」  眉間に皺を寄せた紫呉が深々とため息をつく。  自分は今よりもっと昔の記憶を持っているのに、目の前の愛した人は持っていない。何でもないように振る舞うし、気にしないようにもしているが、あの記憶を共有できず新しいものを一から積み上げていくというのは存外に苦しいものだ。それゆえに、こうして同じように過去を覚えている者の前では甘えが出るのだろう。昔はもっと弥生たちの前でも理性的であったはずだが、今ではこうしてグジグジとらしくない姿を晒してしまう。もっとも、弥生たちはそれすらも楽しんでいる節があるので、さほど罪悪感は抱かないが。

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