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第39話
「……もしかして、由弦が雪也か周のどっちかを好きだ、とかか?」
自分で口にしながら、紫呉はその言葉に衝撃を受けた。
たとえ過去の記憶が無くとも、由弦はきっと自分を求めてくれる。そう楽観的になんら疑うことなく信じていたが、考えてみればそんな確証などどこにも無い。
かつてサクラを抱えながらたった独りで生きていた由弦を助けたのは紫呉だ。総合的に見れば共に過ごした時間は雪也達の方が多かったかもしれないが、人生を変えたと言っても良い紫呉の存在は、由弦の中でどんなことがあったとしても特別だっただろう。だが、今の由弦にその記憶はない。そんな過去は存在しない。ならば、由弦にとって紫呉は単なる仲の良い先輩で、隣に住んでいるとはいえ雪也達ほど共に時間を過ごすことも無い。ならば由弦がずっと側にいる雪也や周を好きになったとしても不思議ではないだろう。何より雪也は美しく、そして優しいし、周は無口無表情ではあるが情に厚い子だ。好きになる要素など数えれば指が足りなくなる。
由弦に好きな人ができたとなれば、それは喜ぶべきことだ。由弦の人生はすべて紫呉が縛り付けて良いなんてことないのだから。それに相手が雪也か周であるなら、どちらであっても安心できるだろう。だが、素直に喜んでやることができないし、応援なんてもっと出来ない。
そんな風に頭の中で考えていた紫呉の顔色がどんどん悪くなるのを見て、弥生は呆れたようにため息をついた。横で優がクスクスと堪えきれぬ笑いを零している。
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