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第68話

「まぁ、正確には俺が紫呉先輩にやったんじゃなくて、やったら? って提案をしたら呆れられた」  提案? と聞いていた蒼と湊が揃って首を傾げる。  え、自分にやってって言ったってこと?  蒼、何の漫画渡したの?  という会話が視線だけで交わされた。そんな二人の混乱に気づくこともなく、由弦はまたいじいじとチョコレートの袋を指先で弄繰り回す。 「でも、まぁ、提案したことを先輩がしなかったのが嫌なんじゃなくて」  え、そうなの? と再び首を傾げるが、蒼と湊はとりあえず続きを聞こうと口を閉ざす。 「先輩がさ、言ったんだ。先輩は今をそれなりに楽しんでる。俺らもいるし、って」  あの時の、紫呉の顔が脳裏にこびりついて離れない。叫びたくなるような、焦燥にかられるような、なんとも言えない感情が押し寄せてきて、由弦は思わずサクラをギュウギュウと抱きしめながら帰ってきたほどだ。思い出してまた、無性にサクラを抱きしめたい衝動にかられる。温もりが、腕に欲しい。

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