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第79話
「良かったの? あの状態で二人にして」
言葉こそ心配そうに紡ぐ優であるが、その肩は先程からずっと小刻みに震えている。この平和な世界で、あの勝る者などいないのではと言われた剛の者である紫呉が臆病になり、悩んでモダモダとしている様子を見るのがよほど嬉しいらしい。その気持ちは弥生にも理解できるものであったが、流石に笑うのは可哀想というものだろう。今回は固まってしまう程度には衝撃を受けたようなのだから。
(まぁ、十中八九勘違いだろうがな)
由弦が雪也に恋愛感情など向けているわけがないと弥生はもちろん、隣で静かに笑っている優も確信している。だが、雪也に縋りたくなるような何かを由弦が抱えているのは事実だろう。そうであるならば紫呉と二人にしたのは正解であるはずだ。
「平和なことよ、と言いたいところだが、何もこの世の苦しみは戦だけではないだろうからな」
平和であっても、人の悩みは尽きないものだ。そんなことを胸の内で呟きながら、弥生は雪也の隣に腰かけ、眠っている彼の髪をそっと撫で梳いた。
「なぁ、雪也」
答えの代わりに穏やかな寝息が返される。その口元はやはりほんの少し笑みを浮かべていた。
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