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第80話
「あー、先輩? 大丈夫か?」
弥生にポイと放り投げられたまま固まっている紫呉を前に、流石に冷静になった由弦が顔を覗き込む。しっかりと視線が合わさってようやく、紫呉はハッと自我を取り戻したようだった。
「あ、あぁ、悪い。ちょっと取り乱しちまった」
まさか扉を開けたら想い人が他の男の膝に顔を埋めているとは思わなかった。なぜ? という疑問ばかりがグルグルと渦巻き、そこからの記憶が無い。グルリと部屋を見渡してようやく、紫呉は自分達側のリビングにいるのだと理解した。
「はぁ、情けねぇな」
何をしているのだろうと苦笑して、紫呉はドサリとソファに座る。ポンポンと隣を叩いて由弦を促した。
「カッコ悪いところ見せちまったな。できれば忘れてくれ」
冗談に見えるようにおどけて紫呉は言う。それは取り繕うことを知る大人の仕草だと理解して、由弦は勢いよく首を横に振った。なんだか、胸が締め付けられる。
「カッコ悪くなんてねぇよ。先輩はいつだってカッコいいんだから」
世辞なんかじゃない。由弦は本気でそう思っていた。
誰よりも太陽が似合う人。明るい日の光を受けて、ニカッと笑ってくれる。逞しいその背中はいつだって守ってくれて、温かくて、安心できた。
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