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第85話

〝お前が生きてるのは、俺が生きてるのは、今この時なんだからな〟  紫呉の言葉がずっと、由弦の脳裏をグルグルと廻る。何を言うべきだったのか、否、そもそも何かを言えたのだろうかと未だに悩む由弦であったが、あの後すぐに蒼たちが帰ってきたと言って弥生と優がリビングに入ってきたので、由弦はサクラを抱いたまま、何を言うことも無く自分達のスペースへと戻った。  由弦と雪也以外の皆は大学の門前で会ったのだと言って一緒に帰ってきたようだ。ワイワイと他愛の無い話で盛り上がる蒼と湊の声を聞いていれば、早く下ろせとサクラが器用に足を使って腹を蹴ってくる。地味に痛いそれにサクラを降ろしてやれば、彼女はキョロキョロと視線を彷徨わせ、歩き回っている蒼や湊の側に行っては蹴り飛ばされてしまうと思ったのだろうか、真っ直ぐに雪也の元へ向かった。少し時間が経とうと、どれほど騒がしくしようと、雪也の穏やかな寝息が途切れることは無い。  あんな風にグッスリと眠れたら、このモヤモヤとして名前も付けられず説明もできない感情を忘れることができるのだろうか。そんなことを思って、由弦はハッと己の胸元を掴んだ。 (それは、流石に雪也に対して失礼だろ)

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