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第92話
「今起きたところだよ。そうしたら、目の前に可愛い光景が広がってたから、微笑ましいなって。何か、聞かれたくないこと話してた?」
それなら安心して良いよと言った雪也に、由弦はブンブンと首を横に振った。大げさなそれは逆に怪しくなるものであるが、雪也は何を言うことも無い。ただ穏やかに、幸せそうに、由弦とサクラを見つめていた。その視線にふと、由弦は既視感を覚える。
どこかで、見たような……。
「雪ちゃーん! 起きたなら数学教えて~」
話は終わっただろうと蒼が雪也の元へ飛び込んでくる。その様子に思考の渦に入りかけていた由弦はハッと現実に戻った。ジッとサクラが心配そうに見上げてくる。
「何でもない。大丈夫だ、サクラ」
蒼と雪也の声を聞きながら、由弦はサクラに微笑みかけた。
そう、これは怖いものじゃない。むしろ、どこか温かくて、優しいものだ。由弦やサクラを傷つけるどころか、包み込んでくれるような。
〝由弦〟
ふと、由弦の脳裏に声が蘇る。由弦の知っている、いっとう落ち着く声。その声で由弦の名を、サクラの名を呼んで、クシャリと大きな手で頭を撫でてくれた。
鮮明にその感触を思い出せるのは、〝彼〟がよく同じことをしてくれるからだろうか。
けれど、由弦は知っている。もっと、もっと昔から知っている。
わからないけれど、そんな気がした。
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