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第98話
紫呉。その名に思わず由弦は振り返る。視線の先には、第二校舎の壁に凭れかかっている紫呉と、そんな彼を囲むようにして話しかけている三人の女性がいた。女性たちは皆かわいらしい装いをして、化粧を施した頬をほんのりと赤らめながら熱心に紫呉へ話しかけている。そんな彼女たちの声を、紫呉は苦笑しながらも邪険にすることなく耳を傾けていた。
紫呉の優しさは、微笑みは、何も自分達だけに与えられるものではない。そんなことは分かりきっているはずなのに、なぜだか由弦はモヤモヤとしたものを胸に感じた。これではまるで産まれたばかりの赤ん坊に親を取られたと嫉妬する子供のようではないか。紫呉は由弦達の親ですらないというのに。
「よ! 偶然だな」
馬鹿馬鹿しい自分の思考に首を振って、早く湊と合流しようと足を動かした時、先程までは聞こえなかった紫呉の声が聞こえた。もしかして紫呉が自分を見つけて声をかけてくれたのだろうか? そう思って再び紫呉に視線を向ける。しかし紫呉の視線は由弦に向けられてはいなかった。
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