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第101話

「じゃ、また後で。本当にサンキュ」  そう言って湊は教科書とノートをしっかりと持つと駆けだした。そんな彼に手を振って、そっと奥へ視線を向ける。湊と話していた時間はさほど長くはなかったが、その間に次の講義へ向かったのだろう、紫呉の姿も雪也の姿も見えなかった。 (らしくねぇな)  本当に、最近の自分はらしくない。こんな風にグジグジと悩む性格ではなかったはずなのに、とため息をつきながら足を進める。こんな時は寄り道でもして気分を紛らわせた方が良いのだろうが、そんな気にもなれない。真っ直ぐに家に帰り、ガチャリと鍵を開けた。 「ただいまー」  そう声をかけたところで、蒼はもうスーパーに行っているだろうから返事などあるはずもない。なんとなく寂しい気持ちがして顔を上げれば、扉から小さな顔が覗き込んでいた。 「サクラ?」  名を呼べば、待ってましたとばかりにサクラが駆け寄ってくる。笑みを浮かべ、つぶらな瞳で真っ直ぐに視線を向けてくる、小さな、愛おしい子。その姿に、ドクリと心臓が跳ねた。 〝ここにいろ、サクラ〟 〝すぐに帰ってくるから!〟  声が脳裏に蘇る。これは、自分の声だ。

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