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第103話

「サクラ……ッ」  柔らかな毛並みを撫でれば、サクラはツイと由弦の頬にその小さな頭を寄せた。甘えているような、許しているような、そう、「待っていたよ」と言わんばかりの温もりに後から後から涙が溢れて止まらない。ガチャリと扉が開く。けれどすぐにそれは閉まって、小さな瞳だけがその姿を見ていた。サクラ、サクラ、と何度も何度も由弦はサクラの名を呼ぶ。ずっと一緒だと約束した小さな片割れは、何一つ変わることなく温かな優しさを由弦に与えた。  まるで長い長い映画を観ているかのように、記憶が脳裏に蘇る。物心ついた時には既に居場所だった人気の無いあばら家。親ではないというのに様々なことを教え、自分を育ててくれた師匠。あの日出会った、小さな小さな、化け物と呼ばれた可愛い子。師匠がいなくなり、残飯を漁って、明日の命さえもわからない状況になっても、ずっと一緒だと、決して離れはしないと約束した。  そして、光に出会い、綺麗で温もり溢れる庵で生活をした。そこでは誰もが由弦を受け入れ、小さな片割れも愛してくれた。優しく、穏やかな日々。

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