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第120話

 あの、温かかった庵にはもう誰もいない。賑やかだったそこには静寂が満ち、優しい匂いは錆びた鉄の臭いに塗り替えられた。 「……じゃぁ俺たちは、紫呉が帰ってくるよりも前に、死んだのか?」  全員、死んでしまったのか?  由弦の問いかけに紫呉はしばし沈黙した。喉が燃えるように熱い。こんなにも唾を飲みこむのは難しいことだっただろうか。  けれど約束をした。  話す、と。 「あぁ、そうだ。月路という名の、俺の部下が教えてくれた。庵に襲撃があって、雪也は周を守るために戦っていたが、周は裏口から侵入した奴に刺殺された。それを知った雪也も毒を飲んで命を絶った。蒼とお前は火事に巻き込まれた蒼の父親を救おうとして、同じように刀で切り殺された。湊は難を逃れて生きていたらしいが、お前たちがいなくなってから姿を消して、弥生達の前にすら現れなかったらしい。最後まで生き残ってくれたのは、お前が〝ここにいろ〟と言って救ったサクラだけだ」 〝ここにいろ、サクラ〟 〝すぐに帰ってくるから!〟  由弦の脳裏に、己の叫びが木霊す。腕に抱いたサクラに視線を落とした。  この温もりを、置いて逝った。

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