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第124話

 常の力強さなどどこにもない、小さくて、絞り出すような声だった。その声音に、あぁ、と由弦は思う。サクラがコテンと由弦の腹に小さな頭を預けた。  思い出す。太陽を背に、ニカッと笑う人。追いつけないと思ってしまうほどに、大きな背中だった。槍を軽々と扱い、もう子供とは言えない大きさだった由弦や湊をポイポイと放り投げた、とても、とても強い人。誰よりも強いと思っていたこの人は、あぁ、そうだ。忘れていたのか。彼もまた、人間なのだと。 「どう、呼ぶべきだろう。……紫呉? それとも、紫呉先輩? でもきっと、そんなことは小さなものだ。俺も、〝俺〟も、考えることも感じることも、そう大して変わらねぇからな」  なにせ同じ魂だ。環境で多少の変化はあったとしても、心から沸き上がるものは変わらない。  声がずっと、叫んでいる。 「何にも、紫呉が謝ることなんてねぇ。俺たちを理由にしただなんて、そんなことはどうでもいい。むしろ俺こそが、言わなきゃなんねぇ」  己を抱きしめる腕にそっと触れる。サクラもまた、紫呉の腕に額を寄せた。 「覚えてなくて、ずっと忘れたままで、ごめん。なのに懲りないでいてくれて、ありがとう、紫呉。ずっと守ってくれて、一緒にいてくれて、覚えていてくれて――帰ってきてくれて、ありがとう」  たとえ時代が変わったとしても、紫呉はちゃんと帰ってきてくれた。今やっと、言える。 「お帰り、紫呉」

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