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第132話

(紫呉は、雪也のこと……)  あの時、紫呉はなぜ雪也に手を伸ばしたのだろう。あの日の紫呉と今の紫呉は同じだけど、同じじゃない。ならば雪也に対して抱く感情も、由弦に対して抱く感情も、同じではないのだろうか。  由弦は紫呉が雪也のことを好きなのだと思っていた。否、正直今でも思っている。だってそれほどに紫呉の雪也に対する態度は慈愛に満ちているからだ。それに先程すべてを話すと言って過去を教えてくれた紫呉は、決してあの時の紫呉と由弦の関係を口にしなかった。〝覚えてる〟と言った紫呉が、そのことだけを忘れているとは考えにくい。ならば、紫呉にとってその事実は〝言いたくないこと〟だったのかもしれない。 (今、紫呉は雪也が好きか?)  なら、自分は記憶を取り戻す前のように、全力で応援すべきだろう。記憶を取り戻したって、紫呉の幸せを何よりも優先したい理由が明確になっただけで、本質は何も変わらないのだから。  あの日のように、紫呉は雪也に手を伸ばす。  その髪に触れるのだろうか?  優しい眼差しを向けるのだろうか?  甘く名を呼ぶのだろうか?  考えるほどに、ツキ、と胸に針が刺さったように痛む。けれど、今はあの時とは違うのだ。

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