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第133話
由弦の世界があの穏やかで狭かった庵の中だけではなくなったように、紫呉の世界もまた大きく広がったことだろう。由弦の知らない友人がいて、由弦の知らない日々を共有している。大学にだって明らかに紫呉を狙った者たちがいたではないか。
由弦の知らない誰かに紫呉が独占されるのは嫌だ。由弦の知らない誰かを優先して、自分から離れてしまうのも嫌だ。なら、雪也を好きでいてくれた方がいい。
雪也は、良い人だから。火の打ちどころもないほどに。
(身勝手だな。ほんとに)
誰を好きになろうと、誰と共に歩もうと、その人生を生きるのは紫呉であって由弦ではないというのに。それでも、どうしても、離れて行かないで欲しいと願ってしまう。
「今日は何をする予定だったんだ? 皆で食うなら、鍋とかの方が楽じゃねぇかとは思うが」
紫呉の声がする。いつもの優しい声。あの日と変わらない、慈愛に満ちた声。
〝由弦〟
脳裏に、紫呉の声が木霊す。同じようでいて、ほんの少し違う、その声。あぁ、これは庵に来た紫呉の声だ。
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