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第134話
「由弦~。お鍋するけど辛いのと豚骨とどっちが良い~?」
ニコニコと大鍋を出しながら問いかける蒼に思考が戻ってきた由弦はビクンと肩を震わせた。きっと蒼は元気のない由弦を気遣って、好きな方を食べさせてあげようと思っているのだろう。だが、蒼の周りにいる者達は皆、引きつったような笑みを浮かべながら冷や汗を滲ませている。辛いもの好きの蒼が作る〝辛い料理〟は、食卓に出されただけで目に染み、ひと口で人間でも炎を吹けるのではないかと本気で考え、全身が干からびるほどの汗をかき、翌日はトイレで激痛にのたうち回る代物である。蒼以外でこれを完食できる猛者は、実は一人だけ存在するのだが、その彼も好んで食べたいとは思わないだろう。
つまりこれは蒼にとって二択であっても、その他にとっては一択だ。
「豚骨で!」
必要以上に大声になってしまったが、これも許されるだろう。唯一わかっていない蒼も、元気が出てきたようで良かったとニコニコ微笑んで、手に持っていた赤い何かが入ったボトルをキッチンの引き出しに仕舞った。
「じゃぁ、チャチャッと作っちゃおうかな~。お鍋以外のおかずは湊に任せた!」
よろしく! と楽しそうに笑う蒼を見て、由弦は少し微笑むと扉の方へ視線を向ける。
「ちょっと、雪也の様子見てくるわ」
なぜそれが口に出たのか、なぜ雪也の顔が見たいと思ったのか、由弦にはわからない。ただ本心でそう思い、由弦は雪也の部屋へと向かった。その背中を、ジッと紫呉が見ていることにも気づかずに。
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