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第137話

「でも、俺は、何にも持ってねぇんだ。だから、俺がしてやれることなんて本当に少ない」  あの時も今も、由弦が持っているものなんてたかがしれている。なんて無力なのか。  涙が溢れる。まるで脳までが涙で満たされたかのようにボンヤリとして動かない。  コポリと最後の空気が泡となって浮かびあがる。 「けど俺は、お前に返したいんだ。そのためなら、ことだって――」 「何を諦めるんだ?」  突然後ろからかけられた言葉に由弦はハッとして勢いよく振り返った。扉に背を預けて立つ紫呉が、真っ直ぐに由弦を見つめている。 「しぐ、れ……」  不思議なほど舌がもつれて上手く言葉を紡げない。そんな由弦をジッと見つめていた紫呉は小さく息をつく。チラと雪也に視線を向け、足早に近づくと由弦の手を掴んだ。 「えッ?」  突然の行動に由弦の脳が追い付かない。だが強い力で引っ張られては、動かぬ身体も勝手に立ち上がり、ヨタヨタと歩いてしまう。 「ちょ、紫呉ッ!」  急にどうしたのかと由弦が混乱のままに叫ぶが、紫呉は止まるどころか視線さえも向けない。そのまま階段を降りようとした時、ちょうど上がってきた周とはち合った。ようやく紫呉の足が止まり、由弦は小さく息をつく。その姿を周はジッと無表情のままに見つめていた。 「……揉め事?」  淡々とそれだけを問いかけた周に由弦が答えるよりも早く、紫呉が「いや」と否定する。しかし紫呉は怒ったような顔をしていて、由弦は何もわかっていないのだと困惑している。この状況で何もないということはないだろう。

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