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第146話
あの日、サクラを抱きながら家も無く餓えに苦しんでいた自分に手を差し伸べたのは紫呉だった。一緒に来い、そう言ったのは彼だ。弥生がどのような言葉で雪也を連れ出したのか知らないが、きっとそう変わりはしないだろう。
紫呉は雪也を特別だと言った。連れてきたのは弥生であったとしても、義務があるのだと。ならば彼自身が連れ出した由弦は?
答えを聞きたいような、聞くのが恐ろしいような、なんとも言えぬ感情がグルグルと渦巻く。ほんの少し余裕のある人生を送ってきたからか、それともやはり生きてきた過程が違うからか、あの日には考えることすらしなかったことを考え、多くのことが気になってしまう。
随分と面倒な人間になったものだ。それとも他人はこれを大人になったのだと言うのだろうか。そんなことを胸の内で呟いで苦笑した時、紫呉がゆっくりと瞬いた。
「……そうだな。最初は、そうだった。俺がお前を連れてきたんだ。雪也に預けたといっても、俺の責任や義務が無くなったわけじゃねぇ。否定はしない」
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